2014年07月12日

憂いを解き放つ。

記憶。


今日のbathタイムにチョイスしたのは、枇杷の茎葉から生まれた∴20.

蓮の霊夢で伝えられ、創造されたこの∴20には、

「故人への憂いを解き放つ」という意味があります。

*dozen/Ren




粉状になったsmokeは故人を想いながら焚き、KUKIは、お風呂に。


湯船につかり、グラウンディングを意識。
しばらくすると、時折、何かの拍子に頭をかすめるヴィジョンが出てきました。


父親が農作業の帰り道、乗用車に追突され、事故に遭った日の夜の事。

母親や姉は、(おそらく)病院へ。
祖父母が家に残り、様子を伺いに来る近所の人や、母屋の親戚の人などの対応をしていました。

私は1人、布団にくるまり、何度も何度も目を覚ましながら、夜を過ごしていました。


その時の感じた孤独や怖さ、表に出せない哀しみ。
あれから長い年月、すっかり忘れているかのように過ごしているけれど、
普段、気に留めていないだけで、
自分の中には、それら感情が行き場の無いまま、しっかりと残っている事を、ヴィジョンを通して気付いたのです。


今現在の私から、当時の自分へ。
愛を伝え、1人ではない事を伝えながら、湧いてくる感情や思考を観察。


父親は、病院でがんばっていた事。
決して、置いて行かれたわけでもなく、1人にされたわけではない事。

全ての事柄に意味がある事。

父親を責めていた部分があったのだ、と気付きました。
母親や私を置いていなくなってしまった事。
たくさんの苦労を残していった事。
お門違いであるのは重々承知でも、どこにも持って行きようがない感情は理屈では解決できないものなのだと、痛感します。

やがて。
1人ぼっちだと思っていたけれど、実は、内なる高次、スピリットは、常に側についていてくれたであろう事。
そして、この出来事を乗り越えられるよう、力を添えてくれていたであろう事。
今までにない視点での思いが湧いてきたのです。

感謝しました。

亡き父との関係や、自分の抱えている感情に向き合う機会。
探究をしていなかったら、恐らく、ずっと抱えたまま生きているだろうと思いました。
もしかしたら、父親を死なせた加害者をずっとずっと、恨みながら生きていたかもしれません。


∴20は、高次元の高いエナジーを有しています。
そう。
この∴20の活用は、高次元の存在に見守られながら、自分に向き合い、自分を癒す機会なのだな、と感じたわけです。

自我の自分だけでは、決して乗り越えられない壁。癖。
乗り越えられる可能性は、より高い愛の視点からの力添えがあってこそ。





posted by aki at 00:03| Comment(0) | ∴20  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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